☆tsune☆のぶろぐ

福島の会津から

【会津三十三観音】第二十六番札所 冨岡観音【会津めぐり】

 こんばんは。tsuneです。

 

 第二十六番札所は会津美里町冨岡にある

「天台宗日用山福生寺 冨岡観音」です。

                とみおかかんのん

f:id:simauma10:20200523225015j:plain

〈目次〉

 

 第二十五番札所からは約500mの距離にあります。「領家観音」からほぼまっすぐ進んでください。

f:id:simauma10:20200523225215j:plain

f:id:simauma10:20200518232842j:plain

 集落の中を案内板にしたがってまっすぐ進みます。

f:id:simauma10:20200523225406j:plain

 この交差点もまっすぐです。右側にお堂が見えてきます。

f:id:simauma10:20200523225459j:plain

仁王門

 正面にはわらじが祀られた仁王門があります。

f:id:simauma10:20200523225757j:plain

 仁王門も大きく重厚感があります。

f:id:simauma10:20200523225944j:plain

f:id:simauma10:20200523230015j:plain

 仁王門から見た観音堂です。

f:id:simauma10:20200523230106j:plain

大口大領の伝説

平安期に、冨岡村の大口大領信満が妻を亡くし、その供養に岐阜の華厳寺に行き七寸の観音を彫ってもらったが、驚くことにその十倍の七尺になり持ち出すことができず、後に頂上仏と十一面観音だけ会津に持ち帰り、会津で体の部分を彫らせたと伝えられています。 

  慈覚大師により観世音像が造られたと言われています。

観音堂

 地頭・大領の妻が亡くなった延暦10年(791年)にその菩提のために観音堂を建立したと言われています。

 

f:id:simauma10:20200523232130j:plain

f:id:simauma10:20200523234838j:plain

 平成9年より行われた全解体修理において、文安3年(1446年)の巡礼札が発見されています。国重要文化財に指定されています。

f:id:simauma10:20200523232522j:plain

 観音堂の扉には満月と三日月の装飾がされています。

f:id:simauma10:20200523232631j:plain

 白澤(はくたく)と言われる疫病を食らう神獣の説明書きがありました。

f:id:simauma10:20200523232724j:plain

 打ち網の上だからたぶんこの彫刻だと思います。

f:id:simauma10:20200523232954j:plain

 他にも彫刻や額があります。

f:id:simauma10:20200523233145j:plain

f:id:simauma10:20200523233220j:plain

 いつものようにお堂の中も覗いてみました。

f:id:simauma10:20200523233346j:plain

 ここはほんとに真っ暗でした。

 本尊は十一面観音の秘伝で毎年8月9日の夕方、「四万八千日祭」が行われ年に一度だけ御開帳されます。

御朱印

 御朱印番外一番札所の龍興寺でいただけます。龍興寺は次回ご説明したいと思います。こちらがいただいた御朱印です。

f:id:simauma10:20200523233858j:plain

アクセス

冨岡観音(とみおかかんのん)について

 御本尊:十一面観世音菩薩

 大沼郡会津美里町冨川字冨岡甲8

 駐車場:ございます。

 祭礼:8月9日

御詠歌

「朝ぼらけ賑わう里に立つ煙 誠の人をとむる冨岡」

  あさぼらけにぎわうさとにたつけむり  まことのひとをとむるとみおか

 

 境内には他にも石碑などがあります。大領の供養塔でしょうか。

f:id:simauma10:20200523234704j:plain

f:id:simauma10:20200523234912j:plain

f:id:simauma10:20200523234952j:plain

 小学生の時このお堂の下でアリジゴクを獲ってました(笑)

 

 tsuneでした。

 最後まで読んでいただきありがとうございます。